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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)67号 判決

原告 石井初江

右訴訟代理人弁護士 前哲夫

被告 株式会社四十八商会

右代表者代表取締役 中本大三郎

被告 合名会社三十二商会

右代表者代表社員 前田均

被告両名訴訟代理人弁護士 原田昭

同 吉川武英

主文

被告らは各自原告に対し、金五、七七六、三四三円および内金五、二七六、三四三円に対する昭和四九年二月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決の第一項は、被告株式会社四十八商会に対し金一、五〇〇、〇〇〇円、被告合名会社三十二商会に対し金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その被告に対し、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  被告らは各自原告に対し、金八、八〇四、〇七六円および内金八、〇〇四、〇七六円に対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

(請求原因)

一  被告らは、いずれも布に注文先の会社名などを印刷のうえ、肥料用麻袋に縫いつけることを業とするものであり、原告は被告らの従業員として印刷された布を整理する業務に従事していたものである。

二  事故の発生

昭和四六年二月二日午前九時一〇分頃、原告は被告らの印刷工場において、特号機と称する印刷機械のローラーに両手をまきこまれ、右全指欠損、左拇指小指欠損、左第四、第三中手骨々折の傷害を負った。

三  右事故に至る経緯

被告らの印刷工場には、特号機、三号機と称する二台の印刷機械があり、従来いずれの機械にも機械の監督をする男性一名、機械にかけている布の回転状況を点検する女性一名、印刷された布を整理する女性一名の合計三名が記置されており、更に印刷全体の監督者が配置されていたが、昭和四六年一月下旬男性一名が退社して以後欠員の補充のないまま作業がなされていた。

本件事故当日、原告は印刷全体の監督者訴外竹本潤明に対し、数日前より印刷汚れが目立っているので機械の点検をしてほしい旨を申入れたが、訴外竹本は、これを無視して特号機を始動させ、印刷機に触れたことのない原告が再度点検を要望したところ、原告に対し、「機械の回転を遅くして、上に昇って見たらどこが悪いか判るから、自分で直せ」と申し渡して右特号機から離れてしまった。

原告は途方にくれたが已むを得ず、特号機の回転を遅くした上、同機の上に昇り事故防止用の棒に触れたところ、電流のショックを感じ、その反動で下った右手がローラーにまきこまれ、更に右手を抜くために支えようとした左手もローラーにまきこまれて本件事故に至ったものである。

四  被告らの責任

(一)1 被告らは、形式上は別会社になっているが、後記2のとおり実質上は全く同一会社であり、被告らの事業の遂行のため原告を使用するものであるから、労働者の安全の保持に必要な措置を講ずる義務を負っているところ、本件事故日の数日前印刷機械の監督者である男性一名が退社したのであるから、直ちに右欠員を補充するか右補充がなされるまでは機械を一台休止する注意義務があるのに、これを怠り漫然両機械を始動させた過失により本件事故を生ぜしめたのである。

よって民法七一九条、七〇九条により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

2 被告らが実質上同一会社であることは次の事実からみても明らかである。

イ 被告三十二商会のもとの工場は中本ビルの前にあり、入社勧誘の新聞広告は訴外中本商事株式会社の名でなされ、入社契約は中本ビル内で行われ、給料も中本ビルの会計兼庶務係が支払をなし、中本兄弟がしている会社と受けとめられていた。

ロ 本件についての労働者災害補償保険(以下労災保険という)の事業主は被告三十二商会であるが、原告の本件事故当日からの休業証明書は、被告四十八商会名義で発行されている。

ハ 葺合区吾妻通から灘区昧泥町へ本件工場が移転した際、右工場は被告四十八商会の工場と考えられており、工場責任者は前記訴外会社の専務が続けていた。

ニ 被告三十二商会の社員であった岩井成夫、前田均、現在の代表社員北島道正は、右訴外会社の監査役や取締役であり、被告四十八商会の代表取締役中本大三郎、取締役山下利夫、監査役岩井成夫は右訴外会社の取締役や監査役である。

ホ 原告は本件事故の見舞金として、被告三十二商会から五〇、〇〇〇円受領した外、中本商事、四十八商会、三十二商会、源平運送従業員一同から六七、九五〇円、中本商事の九州支店従業員一同から五、〇〇〇円、訴外中本商事(株)の代表取締役である中本仲一から三〇、〇〇〇円受領している。

ヘ 被告四十八商会の従業員であるという訴外竹本、同中埜君子についての被告らの昭和四九年六月一二日付本件証人申請の住所が、いずれも被告三十二商会内となっている。

(二) 訴外竹本は、本件のように印刷汚れが目立ってきた場合、直ちに専門の監督者に修理させることにより事故を防止する注意義務があるのに、これを怠り、原告が印刷機械に触れたことがないのを知りながら原告に修理を命じたのであるから、被告らは訴外竹本の使用者として民法七一九条、七一五条により原告に生じた損害を賠償する責を負う。

五  原告の損害

(一) 休業損害

原告は本件受傷のため、昭和四六年二月二日から同年九月三〇日まで吉田外科病院に入院し、同年一〇月二日より同年一一月二九日まで神戸市立市民病院に通院し、同年一一月三〇日より昭和四七年九月一三日まで同病院に入院し、同月一四日より昭和四八年二月八日まで同病院に通院し、同月九日より同年四月二一日まで同病院に入院し、同月二二日より同病院に通院して同年五月一一日症状固定した。

右のとおり本件受傷より症状固定まで八二九日間を要し、原告の平均日給は一、〇〇〇円であったから、原告は得べかりし左の金員を喪失した。

1,000(円)×829(日)=829,000(円)

ところで、原告は労災保険より四八一、三九四円を受給したのでこれを差引くと、休業損害は三四七、六〇六円となる。

(二) 労働能力喪失による損害

原告は右手全指欠損、知覚障害、左手小指欠損、左手関節拇指、示指、環指運動障害、左手知覚障害の障害を残して症状固定したもので、右障害は労災では等級三級と認定され、労働能力を一〇〇パーセント喪失した。

原告は症状固定時満五八才であったから、その後の就労可能年数は八・二年であり、ホフマン式係数により計算すると、左のとおり、二、六五六、四七〇円の労働能力喪失による損害を蒙った。

1000(円)×365(日)×100/100×7.278

(ホフマン係数)=2656.470(円)

(三) 慰藉料 五、〇〇〇、〇〇〇円

(四) 弁護士費用 八〇〇、〇〇〇円

六  よって原告は被告両名に対し、前記損害合計八、八〇四、〇七六円および弁護士費用をのぞく八、〇〇四、〇七六円に対する本訴状送達の日の翌日より支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁および抗弁)

一(一)  請求原因一項中、原告が被告三十二商会の従業員として原告主張の業務に従事していたことは認めるが、その余は否認する。

同二項中、原告がその主張の日時に負傷したことは認めるが、傷害の程度は不知、原告主張の工場は被告三十二商会の工場である。

同四、五項は争う。被告三十二商会と同四十八商会とは別会社であり、後者が前者を引継いだものである。

(二)  本件事故の状況について

本件事故は、原告が無謀にも普段からの作業上の注意事項を無視して特号機の上にあがったため発生したものである。

すなわち、被告三十二商会は、その工場における印刷機械の作動、点検を訴外竹本になさしめていたもので、右印刷機械の作動については担当者以外は関与しないよう指示していた。そして訴外竹本は、事故当日原告より出来上った印刷物に汚れがある旨申出があったが、点検した結果その程度の汚れは製品の価値に支障がないと判断してそのまま作業を続けるよう指示した。

ところが訴外竹本は、原告がその指示を無視し特号機の上にあがっているのを発見し、あわてて非常停止のスイッチを切ったが及ばなかったものである。

訴外竹本は原告に対し機械の上にあがって自分で直せと指示したことはない。

(三)  被告らの責任原因について

被告三十二商会が一名退社し欠員を生じていたことは事実であるが、作業している機械については必ず従来同様三名の作業員を配置しており、本件事故当時も、特号機には原告、訴外中埜、同竹本の三名を配置していた。

従って本件事故と欠員との間には因果関係はない。

また、汚れが生じていたとしても、そのため機械を修理するか否かは被告三十二商会の判断によるのであって請求を放置すれば事故が発生するものではない。

二  過失相殺

仮に、被告三十二商会に何らかの責任があるとしても、本件事故は前記のとおり原告の過失により発生したものであるから、過失相殺を求める。

三  原告の損害の填補

(一) 本件事故により原告は被告三十二商会より見舞金として五〇、〇〇〇円受領した外、労災保険より第三級の認定を受け、昭和四八年六月分より昭和四九年七月分まで労災保険よりすでに二八三、二四〇円の給付を受け、同年八月分以降は増額により同保険より年額三〇二、二二〇円の支給を受けることになる。

後記のとおり、厚生年金保険法による給付との併給調整により労災保険の支給が停止されても、停止額の限度で厚生年金保険による給付をもって労災保険の支給がなされているものとみなすべきである。

これによって原告が右すでに受けた給付と将来受けるべき労災保険による給付の現在名価は次のとおりである。

302,220(円)×13.1160(原告の平均余命1923年に対するホフマン係数)+283,240(円)=4,247,157(円)

よって右金額を原告の損害から控除すべきである。

(二) 労災保険と民事賠償について

労働基準法八四条一、二項により、労働者災害補償保険法(以下労災法という)による給付は労働基準法の災害補償に該当し、労災保険による受給権と民事賠償請求権が競合する限度で二重に損害の填補を受け得ないのであるから本件においても労災法の給付によりその限度で被告が支払の責を免れるものであることはいうまでもない。

労災法は、一面労働基準法による労働者の災害補償請求権の迅速かつ公正な支払を担保するための労働者保護立法であるとともに、使用者にとっても保険料の支払によって労災事故による多大な費用の負担とカバーするとの機能を有しているものである。

従って労災法は使用者のための立法としての意義をも有しているのであって、同法による給付金を年金化する同法の改正(昭和四〇年六月一一日法律第一三〇号による)によって使用者が労働者に対し年金の支払が確定しているにも拘らず免責を主張できないなどという解釈は到底賛同することはできない。

労災法による支給決定が確定していてもこれによる将来の支給予定分については損害から控除できない旨の判例は、すべて第三者行為による第三者に対する請求に関するものであって、被告らの如き使用者が労災法二〇条(旧規定)の第三者に該らないことはいうまでもない。

次に、年金受給権は原告の単なる期待権にすぎないものではなく、公的な終身定期金的な意味を有する一種の財産権である。

(三) 厚生年金との併給による支給停止について

同一事故について労災法による給付と厚生年金による給付とが併せて支給される場合に、厚生年金保険法五四条により労災法による給付が支給停止されることがあるのは、厚生年金における保険料の半額は事業主の負担とされる(同法八二条)ためであって、民事賠償の関係では、厚生年金における給付が損益相殺されるべきでないとしても、本来支給されるべき労災法による給付は支給されたものとして控除するべきである。

(右に対する原告の答弁)

一  過失相殺の主張は争う。

二  原告が本件受傷により労災保険年金として、昭和四八年六月分より同四九年三月分まで一ヵ月当り一八、二五〇円、同年四月分より同年七月分まで一ヵ月当り二五、一八五円の支給を受け、昭和五〇年二月に一九、二五〇円以上小計三〇二、五一〇円を現実に受給していること、昭和四九年八月分以降労災保険は一ヵ月当り二五、一八五円の額であることは認める。

昭和四九年八月よりは厚生年金保険との併給調整により労災保険は支給停止となっている。

原告は、昭和四八年六月分より現在まで厚生年金として合計四九一、九三六円の支給を受けたが、右年金は原告の掛金に基づく社会保障給付であるから、損益相殺されるべきではない。

三  原告が本件事故の見舞金として被告三十二商会から五〇、〇〇〇円受領したことは認める。

四(一)  労災保険による給付の控除について

右給付を損益相殺できるのは、現実に支払があった場合に限られ、給付予定額の如き観念的な請求権の存在は、損害賠償において利益として控除されるべきではない。(なお、最判昭和四六・一二・二、神戸地判昭和四七・四・二七参照)

労災法一二条の四(改正前は二〇条―第三者の行為による事故)にいう「第三者」とは、保険者(政府)および被災労働者以外の者でその災害につき損害賠償の責を負う者のことであることは、確定した解釈であるから、被告らは右「第三者」に該当することは明らかである。

(二)  厚生年金保険と労災保険との併給調整について同一事故による複数の保険給付事由が生じた場合併給調整される所以は保険給付が稼働能力の喪失という保険事故に対応した生活保障給付である故に、二重の生活保障になるのではないかというところからなされているものであり、従って労災保険と厚生年金との併給調整がなされているということは、裏をかえせば、労災保険に基づく給付が、自賠責のような加害者の賠償責任を担保する損失補償的性格を殆んど失い、厚生年金保険のような生活保障の性格を有する社会保証となっている証左にしかならないものである。

よってこの点に関する被告らの主張は理由がない。

第三立証≪省略≫

理由

一  本件事故の発生

原告が昭和四六年二月二日午前九時一〇分頃、被告四十八商会は別として少くとも被告三十二商会が経営する印刷工場において負傷したことは当事者間に争いがなく、右事実と、≪証拠省略≫によると、右日時、原告は右印刷工場にある特号機と称する印刷機械のローラーに両手をまきこまれ、右全指欠損、左拇指小指欠損、左第四、第三中手骨々折の傷害を受けたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

二  本件事故発生の経緯

≪証拠省略≫によれば、前記工場には特号機と三号機と称する印刷機械二台があり、従来各機械とも、作動の際には、印刷された製品の整理をする女子作業員一名、印刷前の布の位置を調整する女子作業員一名、機械の点検、作動、インキの調整等をする男子作業員一名が配置され、また作業員たる訴外竹本潤明において、右男子作業員の業務を担当すると共に、右二台の印刷機の点検、作動につき総括的に指示監督する任に当っていたこと、原告は昭和四三年被告三十二商会に雇われ、同四五年秋頃以降右特号機につき、印刷された製品の整理をする業務に従事しており、同機の印刷前の布の位置を調整する作業には、訴外中埜君子が当っていたこと、本件事故当時、右印刷機二台の作業に従事していた男子作業員三名(訴外竹本も含む)中一名が退社して欠員が生じていたが、事故当日は特号機のみが作動され、原告、訴外中埜、同竹本の三名がその作業に従事していたこと、印刷製品に汚れが生じたような場合の印刷機の修理は、訴外竹本を主として前記印刷機担当の男子作業員が行うことになっており、訴外中埜において、月数回訴外竹本の修理に際して印刷機のスイッチを押したり同機の上にあがって様子をみるなどして手伝うこともあったが、原告を含め女子作業員は印刷機の修理をしたり同機に触れることは本件事故当日まで一度もなかったこと、印刷機の点検、修理は、原則として同機を停止させて行われており、工場内にも機械を止めて修理を行うよう注意書もはってあったが、印刷製品の汚れの原因等を点検、調査するため、ゆっくり機械を回転させたまゝ、印刷機の足場にのぼって同機をのぞくことも時々行われていたこと、原告は、事故発生の数日前より特号機の印刷製品に汚れがあることに気付いていたため、これを直してくれるよう訴外竹本に要請したが、訴外竹本においてこれに応じないまゝ、原告が事故当日も再度その旨申入れたところ、訴外竹本は、印刷機の上にあがって直せと述べ、原告が判らない旨答えたのに対し、回転を遅くしたら判るから自分で直せと申し渡したこと、そこで原告は、その際一緒に作業していた訴外中埜の、「怪我したら損だから上にのぼらない」旨の言もあったが、已むなく特号機の回転を遅くして同機の足場にあがり、支え棒に触ったところ、電流のショックで下った右手が同機のローラーにまきこまれ、右手を抜くため支えようとした左手もローラーにまきこまれて本件受傷に至ったものであること、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  被告らの責任原因

(一)  ≪証拠省略≫によると、訴外竹本、同中埜、原告は、被告三十二商会に雇われ、事故当時前記工場で作業していた者であるが、(1) ≪証拠省略≫によれば、本件事故についての労災保険の事業主は被告三十二商会となっていることが認められるが、≪証拠省略≫によると、被告四十八商会において、原告の本件事故による事故時からの休業について、休業および給与不支給の証明書を同被告名で発行していることが認められ、(2) ≪証拠省略≫によれば、被告三十二商会の印刷工場は、事故前葺合区吾妻通にあったのが事故のあった現在場所に移転したもので、右移転の際、これにより右工場は被告四十八商会の工場と合同した旨被告三十二商会の従業員らはきいていることが認められ、(3) ≪証拠省略≫によれば、被告らはいずれも、布袋、麻袋などの製造、再生修理等を営業目的とするものであると認められ、(4) ≪証拠省略≫によると、被告三十二商会のもとの工場は葺合区吾妻通の中本ビルの前にあったが、右被告の事務所は同ビルの中にあり、原告が入社した当時入社勧誘の新聞広告は、訴外中本商事株式会社の名でなされ、右被告の従業員らに対する給料の支払も中本ビルの会計兼庶務係がなしていたことが認められ、(5) ≪証拠省略≫によると、被告三十二商会の代表社員である前田均は、訴外中本商事株式会社の取締役であり、被告四十八商会の代表取締役中本大三郎、同取締役山下利夫、同監査役岩井成夫は、それぞれ右訴外会社の取締役、同、監査役であること、原告は本件事故の見舞金として、被告三十二商会の外、原告主張の如く、右訴外会社、被告四十八商会、同三十二商会外一名の従業員一同から、および右訴外会社九州支店従業員一同から、並びに右訴外会社の代表取締役である訴外中本仲一から、それぞれ見舞金を受領していること、以上が認められ(以上の認定を左右するに足る証拠はない)、右(1)ないし(5)の各事実を併せ考えると、被告らは形式上別会社であるが、極めて密接な関係にあり、少くとも本件事故の発生した印刷工場においては、被告三十二商会に雇われた訴外竹本、原告らは実質的に被告四十八商会の事業にも従事していたものと認めるのが相当である。

(二)  そして、前記二で認定したところによると、本件事故当時被告らは、前記工場において印刷機械の作業に携わる男子従業員一名の欠員があったまゝ作業をしていたのではあるが、事故当日三号機は休止していたことも同認定したとおりであり、右事実に対比すると、右欠員によって本件事故が惹起されたと認めるに足る証拠もないので、原告主張の被告らの責任原因(一)1は採用できない。

しかし、前記二で認定した事実に≪証拠省略≫を組み合わせると、訴外竹本においては、印刷機を回転速度を落すにせよ作動させながら、点検、修理を行うことは極めて危険であるから、印刷製品の汚れの原因となる印刷機の点検、修理をするに当っては、自己を含め印刷機の点検、修理の担当作業員においてこれをなすが、右点検、修理の経験のない原告に点検修理をさせるにしても、電源を切って印刷機を停止しまたはさせた上でこれをさせ、もって事故を防止するべき注意義務があるのにこれを怠って、原告に対し、回転を遅くしたまゝ特号機の点検、修理を命じた過失により本件事故が発生したものと認められる。

そして被告らが訴外竹本の使用者であり、本件事故が右事業の執行につき生じたものであることは前記のとおりである。

そうすると、被告らは、民法七一九条、七一五条により本件事故によって原告が蒙った損害を賠償する義務があるというべきである。

四  原告の過失

前記二で認定のとおり、本件事故当時、事故発生の印刷工場には、機械をとめてその修理等を行う旨の注意書もあり、≪証拠省略≫によれば、印刷機を作動させながらこれに触れることは危険であることについては、原告においても、原告の同工場内における作業経験、前記訴外中埜の言からも了知しており、同機の停止スイッチの位置も知っていたと認められるところ、原告は特号機を停止することなく、漫然回転を遅くしたのみで同機の足場にのぼり、同機の支え棒に触れた不注意により本件受傷に至ったものであり、本件事故発生に対する原告の右過失は、同事故による原告の損害の算定に当り斟酌されるべきであって、本件事故発生に対する訴外竹本と原告の過失割合は七対三と認めるのが相当である。

五  原告の損害

≪証拠省略≫によれば、原告は、請求原因五項(一)で主張のとおりの各期間、吉田外科病院、神戸市立中央市民病院に入、通院し、昭和四八年五月一一日、右手全指欠損、知覚障害、左手拇指小指欠損、左手関節拇指示指環指運動障害、左手知覚障害の障害を残して症状固定し、労害保険で右障害は等級三級(併合)と認定されたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(一)  休業損害

≪証拠省略≫によると、原告は、本件事故当時平均日給一、〇〇〇円を得ていたところ、本件受傷により、症状固定時まで八二九日間を要し、この間稼働できなかったことが認められ、そうすると原告は、次のとおり八二九、〇〇〇円の得べかりし利益を失ったことになる。

1,000(円)×829(日)=829,000(円)

(二)  労働能力喪失による損害

≪証拠省略≫と、労働省労働基準局長通達(昭和三二・七・二基発第五五一号)の別表「労働能力喪失率表」とを併せ考えると、原告は、前記後遺障害により労働力を一〇〇パーセント喪失したこと、原告は前記症状固定時満五七才であったことが認められ、そうすると、症状固定後の就労可能年数一〇年、ホフマン係数七・九四五により計算すれば、原告が労働能力喪失により失った得べかりし利益は次のとおり二、八九九、九二五円となる。

1,000(円)×365(日)×100/100×7.945=2,899,925(円)

(三)  そして右(一)、(二)の損害合計三、七二八、九二五円につき、原告の本件事故発生に対する過失で過失相殺すると、その額は二、六一〇、二四七円(円未満切捨)となる。

(四)  慰藉料

前記認定した原告の過失、入、通院期間、本件傷害および後遺障害の内容、その他本件にあらわれた一切の事情に鑑みると、本件事故による原告の精神的苦痛に対する慰藉料は三、五〇〇、〇〇〇円をもって相当と認める。

(五)  よって原告の損害は右(三)、(四)の合計六、一一〇、二七四円となる。

六  損害の填補

(一)  原告が、労災保険より休業補償として四八一、三九四円を受給し、また同保険の障害補償給付として、昭和四八年六月分より昭和四九年三月分まで一ヵ月当り一八、二五〇円、同年四月分より同年七月分まで一ヵ月当り二五、一八五円を受領し、同年八月より厚生年金保険との併給調整により労災保険が支給停止となって昭和五〇年二月に労災保険として一九、二七〇円を受給し、もって現在(口頭弁論終結時)までに労災保険より合計七八三、九〇四円受給したこと、および昭和四九年八月以降労災保険の年金額は、一ヵ月当り二五、一八五円であること自体は原告の自認するところである。

(二)  そして、民法上の賠償義務者が使用者である場合、労働基準法八四条一、二項により、同一の事由によって労災法により(口頭弁論終結時までに)現実になされた給付分については、使用者の免責が認められることは被告ら主張のとおりである。

被告らは労災保険給付が年金形式で支払われる場合に、支給決定があれば現実に給付を受けていない将来の給付予定分についても損害より控除すべき旨主張するが、労災保険は民法による損害賠償とはその発生原因も権利主体も異にするものであり、支給額の変更等将来の蓋然的性質にかかわる点から考えても、(口頭弁論終結までに)現実に支給された分に限って損害から控除すべきものと解するのが相当である。

後記の如く、現在の労災保険は、使用者の補償責任的な性質を部分的に有しているにせよ、労働基準法の使用者の災害補償責任からは一応別個の独立の労働者保護保険と解され、同保険による年金給付は生活保障的性質が強くあらわれているのであって、被告ら主張の如く、使用者の災害補償責任保険の性質を有することを根拠として、年金給付の支給決定があるというだけで民法上の損害から右年金の将来の給付予定分まで控除すべきと解するのは相当でない。

また、労災法一二条の四(旧規定は同法二〇条)にいう「第三者」とは、労働災害に関し被災労働者に対して損害賠償責任を負うもので保険加入者たる事業主以外の者をいうと解するのが相当ではあるが、この規定の「第三者」の解釈如何により前記将来の給付予定分の控除を認めるべきではないとの結論を左右するものとも認められない。

よってこの点に関する被告らの主張は採用できない。

(三)  次に、原告が昭和四八年六月分より現在まで、厚生年金保険より厚生年金として合計四九一、九三六円の支給を受けたことは原告の自認するところであり、≪証拠省略≫によると、右年金は原告の本件事故による障害補償としてなされていると認められるが、厚生年金保険法は、損害の填補という観点から離れて生活保障を目的とする社会保険であり、また受給者自身の負担部分(掛金)があり、実質的にはその対価的性質を有するものであるから、同年金は損害額から控除すべきでない。

(四)  被告らは、労災保険による給付が厚生年金保険による給付との併給調整により支給停止となった場合も、右併給調整は、厚生年金保険における保険料の半額を事業主が負担しているためであるから、本来支給されるべき労災保険による給付が支給されたものとして損害より控除すべきであると主張する。

しかしながら、現在の労災保険は、単に使用者が労働基準法上義務づけられている災害補償の代行としての責任保険の範囲を超えて長期給付や保険施設などの給付を包含しており、これらの点に照らすと、労災保険は使用者の補償責任保険的な性質を部分的に有しているにせよ、固有の意味における責任保険ではなく、直接労働者の保護を図ることを理念として、保険加入者たる事業主の費用共同負担のもとに保険給付として独自の災害補償を労働者に直接行うとともに、労働者の福祉に必要な保険施設をなすことを目的とする保険であり、その意味において労働基準法の使用者の災害補償責任からは一応別個の独立の労働者保護保険と解される。従って労災法上給付される障害年金の如き年金給付は生活保障的性質が強く、その点厚生年金保険など他の社会保険の給付と共通性を持つといえるのであって、このように同一目的のものであれば、これにより保険が二重に支給されるのは不合理となる。そこで労災保険の給付と他の社会保険の給付が同一事由について支払われる場合には一定の基準により不合理をなくすための調整(支給停止、減額)が行われるものと解される。

労災保険と厚生年金保険との併給調整が右の如き理由によるものと解すると、使用者が厚生年金保険の保険料の半額を負担しているからといって、現実に労災保険による支給が停止ないし減額によってなされていない以上、労災保険による給付がなされたものとして損害額から控除されるべきものとは解し難い。

従って被告らの右主張は採用しない。

(五)  右のようにみてくると、原告の前記損害より控除すべき労災保険給付としては、本件口頭弁論終結までに現実に給付を受けた前記七八三、九〇四円ということになる。

(六)  原告が被告三十二商会から本件事故による見舞金として五〇、〇〇〇円受領したことは当事者間に争いがなく、右はその金額からみても慰藉料の前払と認められるから、これを原告の前記損害より控除すべきこととなる。

(七)  原告の前記損害六、一一〇、二四七円より右(五)、(六)の計八三三、九〇四円の控除を行うと、原告の損害は五、二七六、三四三円となる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、認容額等諸般の事情を総合検討すると、被告らに負担させるべき弁護士費用の額は五〇万円が相当と認める。

八  結論

よって原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し、前六項(七)と同七項の計五、七七六、三四三円と内弁護士費用をのぞく五、二七六、三四三円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金とを支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子)

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